海抜552メートルのピークは香港島で最も高い山で、19世紀には香港港に入ってくる貨物船にとって自然の目印となっていました。それが、次第に初期の住民にとっては厳しい香港の暑さをしのぐ、絶好の避暑地となっていったのです。

 
椅子かご
 

総督のリチャード・マクドネル卿は涼しく、湿気のあるこの地に別荘を建てました。すぐに、他の富裕層が続き、多くは椅子かごで行き来をしていました。急な坂道を制服を着た、彼らのお手伝いが運びました。1904年にはピークが特別居住区に指定され、駐在員しか住むことができませんでした。しかし、1947年にはすでに廃止されていました。

ピークは19世紀より高級住宅街として知られていましたが、ピークの発展は1881年にスコットランド人事業家Alexander Findlay Smithが総督のジョン・ポープ=へネシーにトラム運行の署名を提出するまでありませんでした。セントラルのマレー兵舎とヴィクトリア峡を繋ぐことがこれで実現したのです。

 
ピーク・ホテル
 

Findlay Smith氏は彼が所有する土地に立てられたピーク・ホテルへの客足を増やそうとしていました。ピーク・ホテルはこの8年前、1873年に建てられましたが、残念ながら1938年に火災があり、ホテルは焼失してしまいました。

定期的に運行する信用できる交通機関の登場で、ピークはすぐに街のすばらしい景色を拝める場所として知れ渡りました。現在、ピークは年間でおよそ700万人の観光客を引き付けており、香港で最も人気な観光名所のひとつとなっています。

 
最初のピーク・トラム

ピーク・トラムの歴史もご覧ください

8_4.asp sitemap.asp